近年、音楽は聞き手の側においても演奏者の側においてもますます多様化し、すそ野が広がってきています。例えばピアニストの辻井伸行氏をはじめ、クラシックやジャズなど様々なジャンルにおける10代、20代の新しい才能の登場は、音楽を聞く人々を増やしていく大きな原動力となっています。
一方演奏面においても、大人になってからピアノやヴァイオリン、ギターなどの演奏をはじめたり、再開したりする人が増え、音楽を楽しむ人の数は増加しています。
しかし、そうして音楽に対する関心が広がっていくと、あることに気づくことも少なくないでしょう。日本には音楽に関する文献がまだ少ないのです。このことは、Amazon.co.jpのようなサイトを見ても一目瞭然です。好きになった音楽家をもっと知りたいと思って評伝や研究書を検索してみると、日本語で書かれた、または日本語に訳された文献の量と英語で書かれている文献の量の差に気づくはずです。
この文献の量の差は、演奏や作曲のときに頼りになる教則本や楽理書では一層顕著になります。日本では初心者向けの教本はいろいろと出版されていますが、初級レベルのものになるとその量は減り、中級、そして大学の教科書にも使えるような専門性の高い上級者向けの文献となると、日本語文献と英語文献の量の差は歴然となります。独習に使えるように工夫された教則本は英語文献のほうが圧倒的に多く、初心者の段階から一歩踏み出そうとするとき、演奏する人は資料の少なさに戸惑うことも多いでしょう。また教育者が教科書として使える文献の種類も英語圏に比べると少なく、教える側にとっても選択肢がなかなか広げられないという現実もあります。
さらに、幼児教育用の文献も、英語文献がまさっています。小学生低学年以下の子供たちに遊びの要素を交えて楽しみながら音楽を学んでいくのに適した文献も、量、質とも日本はまだまだ英語圏には追いついていないのが現実です。
音楽を聞くときでも、演奏者や作曲家のことをより多く知ることで「聞く」という楽しみがより深いものになります。また教則本や楽理書の選択肢が広がることも、独習者はもちろん、教育者にとっても使用する教科書の選択肢が広がることとなり、音楽教育がより豊かなものとなる機会が広がります。自ら演奏も手がけ、専門的な知識を持つ翻訳者を通じてより多くの、そしてより新しい音楽に対する知見を紹介することで、日本の音楽文化をより豊かなものにする一助となればと考えております。 |